今日は岩崎城で岩崎城まつりがありました。近いのに一度も行ったことがありません。この時期は忙しい時期なので休めませんから。岩崎城は、あんな立派な城があったわけではありませんが、徳川家にとってはとても重要な役割をしたので徳川慶喜が送った碑もあります。

私が子供の頃は「おてんし」と呼んでいました。もともとウチはお城のすぐ下にありましたが、おじいさんが商売をするのに今の場所に移りました。

竹の山の御嶽山は、木曽の御嶽山信仰につながるところで昔は日曜日ともなるとたくさんの人がバスでやってきました。岩崎の名鉄バスの停留所が「岩崎御岳口」になっているのは、ここで降りてみんなが歩いていったからです。

弁天池は以前は今の倍くらいの広さがあり、ボートも浮かんでいました。菊水の滝は今でもありますが、ここにも茶店がありました。

ウチの電話番号は0561-72-0071ですが、つい最近までは05617-2-0071で、日進には2ー○○○○しかありませんでしたから、ウチは日進で71番目の電話番号なんです。役場が1番です。だからなんなんだ?と言われれば、それだけの話なんですけど。

テレビもウチには早く来ました。近所になかったので、近所の人がみんな見に来ました。そう、映画「オールウェイズ3丁目の夕日」あんな感じです。力道山に燃えた時代です。空手チョップです。今冷静に考えれば、しょぼい技でした。ジャイアント馬場の16文キックも足の大きさが16文あったというだけで、これまた冷静に考えると、足が小さい方が圧力が強く突き刺さるように効くんじゃないかと思うわけですが、当時はみんなそんなのに燃えてたんですね。

学校じゃあコブラツイストや4の字固めのかけあいでしたが、アントニオ猪木の登場で卍固めの掛け合いになりました。あんな技は「かけてくれ」と言わないとかけれるもんじゃありません。猪木は、あの技を開発するのに白衣を着て研究してましたが、これも冷静に考えると不思議です。

何で話がプロレスになったのかが一番不思議であります。